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2008.10.10 Friday | - | -

尾崎豊『十五の夜』とヘッセの『少年の日の思い出』

尾崎豊
ソニーミュージックエンタテインメント
¥ 2,304
(1991-05-15)
尾崎豊の『十五の夜』がラジオから流れてきたときは衝撃だった。

14か15の時だったから。

甲斐バンドの甲斐よしひろのラジオだった。

「時代は変わりますね」と言ってたのを覚えてる。

デビュー前だったから顔なんて見たことなかったけど

「すごい才能だな」って思った。

久しぶりに今日は聞いてるけどやぱり才能が違う。

それまでの歌と視点が違ったもの。

中学生や高校生の視点からの詞だから

共感できたと思う。

自分が中学生の時に聞いていた曲を今聞くなんて

すごく人に言うのは恥ずかしいんだけれど

だってお前は成長してないのか、みたいに思われそうで、

けれど今聞いても才能が溢れてるなって思う。

無理に「ロッケン・ローーーーール!」とか叫んでるのは

その時の売り方だったんだけど

今となってはそういうのはノイズで、才能しか見えない感じだ。

もちろん今の中学生は総合的に見ていると思うけど。



演奏はこちら↓

尾崎豊 −『十五の夜』



落書きの教科書と 外ばかり見てる俺
超高層ビルの上の空 届かない夢を見てる
やり場のない気持ちの 扉破りたい

(略)

しゃがんでかたまり背を向けながら
心のひとつもわかりあえない大人達をにらむ
そして仲間たちは今夜家出の計画を立てる
「とにかくもう学校や家には帰りたくない」
自分の存在がなんなのかさえわからず震えている十五の夜

(略)

冷たい風 冷えたからだ 人恋しくて
夢見てるあのこの家の横を サヨナラつぶやき走り続ける
闇の中 ぽつんと光る自動販売機
100円玉で買えるぬくもり
熱い缶コーヒー握りしめ

(略)

盗んだバイクで走り出す 行く先もわからぬまま
暗い夜の帳の中へ
誰にも縛られたくないと逃げ込んだこの夜に
自由になれた気がした十五の夜



こんなのって共感出来ない子供って少ないと思う。

絶対にこの年代の一面を捉えている。

本気じゃなくても漠然とみんな家を出たい

親と離れたいって思ったりする。(一緒に住んでいたら)


それにすごいのが英語がひとつも出てこないところだ。

あれがやっぱり才能だった。

英語を使わなかったところにすごい才能を感じる。


自動販売機のところなんて梶井基次郎の感覚でしょ?

「闇の中 ぽつんと光る 自動販売機

 100円玉で買えるぬくもり 熱い缶コーヒー握りしめ」

これなんてNHKのテレビの短歌の番組の先生なんて

添削しようがないんじゃないだろうか?

「先生より上手です」って言うしかない。



だいたい詞のはじめから立体的だ。

目の前の教科書と超高層ビルの対比が見事すぎる。

こんなのもうちょっとずるかったら総理大臣賞がもらえそうな作文だ。



目の前の教科書がまずあって、「外ばかり見てる俺」で視線が水平に動いて

(同時に内から外へ動いて)その視線が「超高層ビルの上の空」で今度は垂直に上っていく。

そしてその距離感を感じさせておいて「届かない夢を見てる」とくる見事さ。

こんなん才能ありすぎでしょ?

こんな文章書ける人あんまりいませんよ。



っていうか、これって別になんにも極端な話じゃなくて

ロックとか思うからいけないんですよね。

はじめから「純文学」だと思えば誤解はなかったんだと思う。

活字だけで楽しむんじゃなくて

たまたまメロディーがあって演奏があって叫んだりしてるから

勘違いして「なに青臭いことほざいてんだ」ってなるんだけど

「文学」だと思えばこんなテーマはいっぱいあるし

表現としてはすごく優れてて

「文学新人賞」をあげればよかったんですよね。


たまたまうちの塾は中学の教科書は光村使ってるんですが

2年生のはじめの小説は中沢けいの

『雨の日と青い鳥』なんです。

すごいいい小説なんですが

私にとっては尾崎豊の詞も教科書にのってる小説も

そんな違いはわからないんですよね。


1年生の教科書にのってるヘッセの『少年の日の思い出』なんか

胸がしめつけられそうになる。


私は毎日中学生と接しているけど

彼らの気持ちがわかるんだ、なんて思ったことはない。

「お前、なに考えてんねん」って思うことのほうが多い。

ただ自分だって十五歳の時があったし

そのときはこういう気持ちになったけど

家出もしなかったしバイクも盗まなかった。

けれど共感はすごくした。



尾崎豊を今見ても熱狂はしない、

いやむしろ痛々しいところもある。

けれどそれはヘッセの『少年の日の思い出』のような

誰でも大なり小なり経験のあることと同じだ。

それはまぎれもない15歳前後の若者の

一面を映している。










あとこの歌も上手につくってますね。

尾崎豊 -『シェリー』

これはもっと年代がうえでも聞ける曲だ。






では。




2007.08.30 Thursday | comments(1) | trackbacks(0)

地獄を笑ってしまうこの感性

本を読むのにも感性が必要だろうか?

ブログを巡回するにも感性が必要だろうか?



気分が落ち込みパサパサした感覚のときはブログを更新したくなくなる。

あとで読み返したら恐ろしくなるような内容かもしれないからだ。



問題提起なんていうまともなものでなく単なるはけ口に終わるかもしれない。

いっそ沈黙して人のブログを読んでいるほうがいいと思う。



ところでニュースサイトはネタが尽きないと言われる。

本当だろうか?



確かに人が書いた面白い記事を集めてくるのだから

巡回する時間さえとれば集まるような気がする。



けれどそこにどんな文字が並び

はじけるようなアイデア

瑞々しい文章が流れていても

読み手の感性が枯渇してる状態ではなにも汲み取れない気がする。





飲みすぎた次の朝、心と体が遊離しているようなときには

どんな言葉も頭にズキズキときて

体と心を現実になじませるために

そっとしておいて欲しいと静かに願う。




そんなときに限って窓外では道路工事を始めたり

幼稚園が運動会の練習を始めたりする。



体がえらく酸性に傾いている朝、

子供が読んでくれと絵本を持ってくる。

題名は『じごくのそうべえ』だ。

はじめのところからシャレていた。

そうべえ達が三途の川を渡るとき

先導している鬼達が叫ぶ、

「オイ、しっかりと船にしがみついておけよ。

 今、川に落ちたら『生きる』ぞ!」



あやまって三途の川に落ちたら生き返ってしまうそうだ。



閻魔大王に裁かれて

糞尿地獄に落とされ、バケモノの胃の中に入り

グツグツ煮え立つ釜の中をくぐり、針の山を越えて

そうしてそうべえ達は結局この世に帰ってくる。



ひと通り地獄を見てまわるのは「通過儀礼」のようなものだろう。

たかだか10数ページの絵本を読むだけで

私も「生き返った」ような気がした。



そうべえが間違えて地獄へ送られず

順当に天国への階段を登っていたのなら

生き返ることはなかったろう。



地獄を笑ってしまうこの感性こそが

生きるということの苦労から我々を救ってくれる気がした。







(2006年09月17日:「パズルと迷路で最強の塾をつくる!」より)
2007.08.29 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)

弱っているときに聴けた曲

ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ
ユニバーサルインターナショナル
¥ 6,000
(2005-11-23)
なぜかこの曲だけが聴けたときがあった。

ボブ・マーリーの
「No Woman, No Cry」だ。


学生のときひとり暮らしで

熱が上がってずっと布団の中で寝ていた。

どの曲かけても頭が痛かった。

けれどこの曲だけは大丈夫だった。

No woman, no cry (Repeat 4 times)

'Cause I remember when we used to sit
In the government yard in Trenchtown
Oba, ob-serving the hypocrites
As they would mingle with the good people we meet
Good friends we have had, oh good friends we've lost along the way
In this bright future you can't forget your past
So dry your tears I say

No woman, no cry
No woman, no cry
Little darlin' don't shed no tears
No woman, no cry

Said, said, said I remember when we used to sit
In the government yard in Trenchtown
And then Georgie would make the fire light
Log wood burnin' through the night
Then we would cook corn meal porridge
Of which I'll share with you

My feet is my only carriage
So I've got to push on through
But while I'm gone...

Ev'rything's gonna be alright
Ev'rything's gonna be alright
Ev'rything's gonna be alright
Ev'rything's gonna be alright
Ev'rything's gonna be alright
Ev'rything's gonna be alright
Ev'rything's gonna be alright
Ev'rything's gonna be alright

So, no woman, no cry
No, no woman, no woman, no cry
Oh, little darling, don't shed no tears
No woman, no cry

No woman, no woman, no woman, no cry
No woman, no cry
Oh, my little darlin' please don't shed no tears
No woman, no cry, yeah


(こちらから引用)

あんまり歌詞の意味がわからないけど

なんとなくはわかる。


不思議な歌だと思う。

(ここら辺の英語って平気で2重否定使いますから、普通に否定と思ってください)



ああ、それとこの曲も聴けた。

同じくボブ・マーリーの

「Redemption Song」


Old pirates yes they rob I
Sold I to the merchant ships
Minutes after they took I from the
Bottom less pit
But my hand was made strong
By the hand of the almighty
We forward in this generation triumphantly
All I ever had is songs of freedom
Won't you help to sing these songs of freedom
Cause all I ever had redemption songs, redemption songs

Emancipate yourselves from mental slavery
None but ourselves can free our minds
Have no fear for atomic energy
Cause none of them can stop the time
How long shall they kill our prophets
While we stand aside and look
Some say it's just a part of it
We've got to fulfill the book

Won't you help to sing, these songs of freedom
Cause all I ever had, redemption songs, redemption songs, redemption songs

Emancipate yourselves from mental slavery
None but ourselves can free our minds
Have no fear for atomic energy
Cause none of them can stop the time
How long shall they kill our prophets
While we stand aside and look
Yes some say it's just part of it
We've got to fulfill the book

Won't you help to sing, these songs of freedom
Cause all I ever had, redemption songs
All I ever had, redemption songs
These songs of freedom, songs of freedom



(こちらから引用)


われわれの知ってる英語だと"me"というところを"I"と言ってますので

わかりにくいのはそんなくらいかな。

"the book"は聖書だと思います。



では。
2007.08.26 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)

ブログを長期間休んだ人バトン

フラスコさんのところから面白いバトンがまわってきたので書きたい。

と言っても正確に言うと勝手に書いてるだけですが。



【ブログを長期間休んだ人バトン】

《名前とブログ名を教えてください》
りんご塾の本棚ブログです。


《どのぐらいの期間休みましたか?》
まだ10日ほどですね。
長期とは呼べませんね。
けどそんな予感が・・・



《なぜ、休むことになったのですか?》
単にこのブログの存在を忘れてしまうんです。


《休みの間、主に何をしていましたか?》
仕事とメインのブログとニュースサイトの更新です。


《休んでいる間、ブログのことは気になりましたか?》
いや、忘れてます。


《休む前はどれぐらいの頻度で更新していましたか?》
えっともともと休みがちですね。
週1はやろうと思ってました。



《ひとつのエントリを書くのにどれぐらい時間をかけていますか?》
おそらく1時間くらい。


《休んでいる間、インターネットに接続しましたか?》
随時。


《休んでいる間、自分のブログを見にきていましたか?》
たまにアクセス数を見に。


《休んでいる間、他人のブログを見にいってましたか?》
1日最低50個くらいは読みますが
多い日でも100個は読まないと思う。



《休んでいる間、SBM(はてぶなど)を利用していましたか?》
使いません。


《休んでいる間、SNS(mixiなど)を利用していましたか?》
いえ。



《休んでいる間、別のサイトは更新していましたか?》
ニュースは毎日。
ブログも基本的に毎日。
内容が薄いんですが・・・


《あなたの生活の中でブログ更新はどの程度の優先順位にありますか?》
けっこう上ですが、塾の運営の方が必ず上です。



《これを機会に復活しますか?》
夏はきついでしょう。



《最後に読んでいる人たちに一言お願いします》
みなさん、夏はしんどいですよね。
なんとかニュースサイトの方だけは毎日更新したいと思います。




《バトンをまわす人がいればどうぞ》
あれ?さっきの質問が最後じゃなかったんですか?
いや、これは普通のバトンじゃないので
詳しくはこちらを読んでおもしろかったらやりませんか?



2007.07.27 Friday | comments(0) | trackbacks(0)

優れた企画力と営業力があるかどうか

この本を読むまではひろゆき氏のことは

そんなに知らなかった。

『2ちゃんねる』という巨大掲示板の管理人、

くらいの認識だった。

しかし読んでみて「彼は天才だ」って思った。


・・・というような夏休みの読書感想文みたいな

書き出しにしてみましたが、


正直言って、感想が難しいんですよね。


なぜならば、天才だから。



っていうような「天才」という言葉の安売りをしてますが

びっくりしたのはグーグルについての記述でした。


こうやってグーグルを見ていくと、決して優秀な技術力のある会社ではなく

優秀な企画力と営業力のある会社であることが見えてきてしまうのです。

いろいろな方が、グーグルがすごいとおっしゃっているようですが、

僕には、企画・営業力とサーバーメンテナンス以外、

すごい部分がわかりません。



いやいや、この前のところの説明が重要なんですが

それは数ページにもおよぶので引用しようがないんです。

そもそも引用しようがないといった方が正しい。

だって彼の思考自体がすばらしいし、

注目すべきは彼の着眼点だからです。



それでね、

普通に読者だったら

「そうか、グーグルは技術的にそんなに凄くないのか」

ってことになるんでしょうが

塾をやっているものからしたら違うんですよね。


結局、「あの塾がすごい!」って言われるためには

優秀な企画力と営業力があるかどうかなんだということです。

DVDを使おうが、ネット配信であろうが

そんな技術的なことはそんなに重要じゃなくて

どれだけ人をひきつける魅力が出せるかってことですよね。


大手の批判をするのは簡単だけど

ルイ・ヴィトンの批判をするのは簡単だけど

ブランドって自然に出来上がるもんじゃないと思う。

お金と時間と労力と頭を使って作り上げるものだと思う。



本当に技術を理解して褒めているのであれば、

それがどこなのかを教えて欲しい。

もし、理解もしてないのに褒めているのであれば

それは手品師を見てすごいといっているのと、

あまり変わらない。




そう、それで本当はいいんですよね。

塾において技術力というのが「教務」にあたると思うのですが

それは手品師を見てすごいと思ってもらう程度でいいと思うんです。


実際は手品と非常に酷似してますから。

(「非常に」は不要か?)



私はね、うちの塾は個別指導塾と言ってるんですが

実際はちょっと違うんですよね。


先月、クラス分けをしたんです、個別指導なんですが。

そうしたらすごく変わって

「そうか、そういうことだったのか」って思いました。


教務的には何も変わってないんですが

出し方というか、見せ方というか

そういうことで成績が上がったりする。

成績が上がるから、合格実績がすごいから

あの塾の教務力はすごい、っていうのは

どうかなって思う。


すごく成績の上がる子を集めてくる企画力、

もともと成績がいい子を集めてくる営業力がすごいともいえなくない。



ああ、全然話がそれてしまった。

ミクシィの話もソフトバンクモバイルの話もすごく面白かった。

間違いだらけの法律っていうところもかなりいいです。


どこがいいのか?


よくわからない。



そもそも、彼の言っていること自体が手品のようで

私はただ観客になって

一生懸命に拍手をしている気がする。

「知のサーカス」って言葉を以前聞いたことがあるけど

そんな感じに思える。




まあ、ちょっとおかしな紹介文になったけど

この辺で終わります。



では。







2007.07.18 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)

塾は「チョコレート工場」でなくっちゃ。

ジョニー・デップ,ロアルド・ダール,ティム・バートン,フレディー・ハイモア,デヴィッド・ケリー,ヘレナ・ボナム=カーター,クリストファー・リー,ジョン・オーガスト,ダニー・エルフマン
ワーナー・ホーム・ビデオ
¥ 1,350
(2007-04-06)
アインシュタインの言葉に

常識とは18歳までに身につけた
偏見のコレクションのことをいう。


というのがありますが、

まあ、そんな大げさな話ではないのですが

常識というのは学ぶものですよね。

とくに多くの人は18歳くらいまでは学校に行きます。

私も行ってました。

一方的に先生が黒板の前で授業する形態でした。


だから自分の塾ではそのような形をとっていないのですが

それでもすぐに常識にとらわれてしまって

新しいことをする努力や勇気を忘れてしまう。


PCを使ったりネットを使えば「新しい」とは単純にいえませんが

20年前に比べたら新しいとは思う。

そのときはPCを使って勉強するなんて

「非常識」というよりも

「常識外」だったと思う。

想定していないことだった。




「普通、そういうことはしないだろう」とか

「通常なら押すところを引くのが非常識で効果がある」みたいな

そういうことってよく考えるけど

人が空を飛んだり、月へ行ったりすることや

もっと前だと声を遠くに送るとか

映像を送るとか

そういうことは「常識外」のことだったと思う。

普通は、考えもつかないことだったと思う。



ところで私が好きな小説ってやっぱりファンタジーだ。

(最近、全く読んでませんが・・・)

『ガリバー旅行記』とか『すばらしい新世界』とかって好きだった。


昨日、子供に借りてきたジョニー・デップの

『チャーリーとチョコレート工場』を観た。

DVDで。

今更・・・orz



傑作ですよね。

感動して泣きますね。



ませた子供達が常識的なことをペラペラしゃべっていると

ウィリー・ウォンカは「なに言ってんの、わかんない」みたいなことを言って相手にしない。

こういうシーンが凄く好き。

「胡桃を割ってナッツを取り出すのに

君はどんな機械を使っているのかね?」

みたいな質問には

「は?胡桃からナッツを取り出すのはリスが一番さ」と言う。

実際の工場ではリスがせっせと働いている。

(他の工程はすべて小人がやっている)



こういう映画を観ると「自分の塾はなんて常識的なんだろう」って思う。

「先生、ボクには無理です。今からでは間に合いません」

とか言う、常識的な子供には

「は?なに言ってんの、わかんない」って答えたい。

PCの液晶ディスプレイで先生が一生懸命説明していたら

子供の頃の私なら「小人が授業している」って思ったろう。

すべての授業を「小人」が担当するような形にしたい。

(もちろんナッツを取り出すのはリスに限るけど。)



夢のある塾を作りたい。

夢っていうのは常識の外に存在すると思う。

だから夢を実現するためには自ら常識の外に出ないといけない。



常識的な子供が「現実」を突きつけられて

夢をあきらめたり元気なくしたりする。



塾にはファンタジーの力が必要だ。

そう、塾は「チョコレート工場」でなくっちゃ。













2007.07.05 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)

われわれはいつも順番を間違う

われわれはいつも順番を間違います。

引用すると


鮨屋をしたいから、職人を探すという考え方は、間違いの元なのだ。

あなたがこいつを男にしたいと思うような人に出会って、

たまたまその人間が鮨職人だったから、鮨屋をやろうという話なら賛成できる。

まず鮨職人がいて、それから鮨屋の話になるのなら話は別やんやけど・・・・、

しかし、今の場合は順番が違うと言ったのはそういう意味です、

と僕が話したら、その人は深く納得してくれた。





私も最近はずっと塾講師を探しています。

というより一緒に働けるひとを探しています。

私はその人の一番優れた部分がもっとも生かせるような

仕事のやりかたを考えます。

決して規模は大きくないのですが

そういうやり方はできます。


そして今のメンバーが将来、ひとつの教室長になれるように

仕組みを作っていこうとやっています。


私ははじめは人手が足りないから講師を募集したんですが

いつのまにか彼らがもっと力を発揮できるような

そんな場所を提供したいと思うようになりました。



先日遅くまである講師と話していたのですが

「先生は幸せってどう考えてるんですか?」って聞かれて

パッと出た言葉が

「ボクは関わった人が力を発揮できるような場所を提供したい。

生徒だったら勉強を。講師だったら職場を。

自分の得意なことをして

それで人に感謝されるのが

幸せなことだし役割だと思う。」

そういう風な場を作ることが私の幸せです。


なんか知らないけど、こんな話になりました。


他にもいい話がいっぱいです。

かなりおすすめですが

気が向いたらどうぞ。


では。

2007.06.26 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)

子供にはずっしりとした質感のある「風景」が必要

マリー・ホール・エッツ,まさき るりこ
福音館書店
¥ 945
(1963-12)
実は前にボランティアで知り合ったおばちゃんが
「おばすて山」のところでそろばん教室をされてるんです。
そこはマスがたくさんいるくらいきれいな川が流れ
もうちょっとしたら蛍がたくさん舞うんです。
子供たちははだしで川で遊んだりするんです。


そこのそろばん教室は「暗算教室」という考え方だそうです。
そろばんをやるのは頭の中に盤をつくるためだけらしくて
すごい級とかとるのが目的じゃないそうなんです。



私はそろばんがきらいできらいでしかたなかったんですが
その「おばすて山」だけは面白そうなので一度連れて行きたいです。
10までの数がわかるようになったら連れてきてもいいよっていわれました。

子供が嫌なら無理には通わせません。
けど川で遊べるから面白いかも。




昔話のなかで息子が自分を捨てた後、
道に迷わずに帰れるように
母親が木の枝を折ったということで
「枝折(しおり)」とよばれているところがあります。

その枝折から入っていったところです。


その川は丹生川と言ってきれいな水が流れています。


そのそろばん教室で習った子がすごくなったって話はきかないし
あの地域の子達が特別勉強ができると聞いたことはないのですが
心の中にとどめておくにはいい風景かなって思います。


数字とか文字ばっかり見ててもしかたないですよね。

小さな子供にとって大切なことは
どれだけ多くの自然の風が
子供の体を通り抜けたかってことだと思います。


それは情報量の差なんですよね。
文字からの情報って極端に量が少ない。
インクと紙の匂いだけが記憶に残ります。
けれど外で過ごすと五感で情報を得ますよね。


綿毛をふーって吹いたら
青い空にひろがって
風のかたちが見えた。
白い雲が空をゆっくりと歩く。
耳をすますと高い空に飛行機を見つけた
大きな空にハサミをいれるみたいだ。


小さい頃って
大きな大きないれものを作っているのに
そこにあわてて詰め込まないで欲しいものだ。


子供の表情を見ていたら
彼らが何を欲しているかがわかるのに
欲しているものを与えればいいだけなのに
不思議と与えたいものを与えてしまう。



別に誰かを批判したいわけでもないし
誰かに賛同してほしいわけでもありません。




私は塾というものをやっていて
「合格」というものを売っているって思ってます。
教育とかっていう議論はしたくありません。


だけど人間にはたくさんの「風景」が必要だと思っています。
特に子供にはずっしりとした質感のある「風景」が必要です。
たくさんの風景もいいし
一枚の厚みのある風景もいい。

その風景には太陽があり
温度があり
風が通り抜け
様々な匂いがあります。
そして音が聞こえます。
自分の声や作り出す音が
跳ね返ってくる広さがあります。
雨が降り
雪が降り
野良猫が顔を出す。


小さい頃、勝手口から出て
遠くの山を見ながらおしっこしました。
大きい声で叫んだりすると
やまびこになって声がかえってきたりしました。


部屋の中で生きているって教えるより
風景の中で生きてるって私は教えたい。


Marisa Monte - Gentileza


Michael Jackson w. Caetano Veloso


Caetano Veloso Sozinho
2007.06.10 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)

集団個別は3つの空気が混在している空間

LOVE PSYCHEDELICO
ビクターエンタテインメント
¥ 600
(2002-07-24)
今まで自立型の学習がもっとも自分に合っていると思って

集団個別の塾をやってきたけれど

今日ほど革命的だなって思ったことはない。


何をしたかって言うと一斉形式でやられてるような

「クラス分け」をしたんです。

集団個別の抱える最大の問題が解決してしまった。

講師がもっとも神経を使う部分での負担がかなり軽減できた。



やったことある方ならわかると思うんですが

集団個別は3つの空気が混在している空間で

その空気のバランスをとることに神経を使います。

クラス分けをすることによって

バランスを考えなくてよくなりました。


それぞれの空気でいままで講師は指導方法を切り替えていました。

5教科×3種類で最低でも15通りの切り替えが必要でした。

今思うとよくもまあ、そんな難しいことを講師に要求していたなって思います。


今日からは以前に比べたらすごくシンプルになりました。

これで効果が出ないわけがないです。


日曜日に来てくれたY君に感謝です。

はじめて塾に来た生徒です。

彼が外部の目でうちの塾を見てくれて

率直な意見をくれたのでわかりました。



いままで王様は裸だってことに気付かなかった。

日曜の夕方に「王様は裸だ!」って教えられて

水曜には塾のシステムを変更できたのはすばやかった。

お金もまた使ったけれどそんなものどうってことない。

このことがもたらす効果に比べたら

なんてことはない。

非常にいい。



Love Psychedelico - Your Song (Live)



2007.05.31 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)

「ブル」

数年前、犬を飼おうってことになった。

犬の本を立ち読みしたり

何軒かペットショップや

大きな店のペットコーナーをまわった。



タウンページを見ているとそう遠くないところに

個人でやっているような所があり

興味を持って妻と出かけた。



看板は出ているが、普通の家で、

玄関の扉を開けると

いっせいに奥の部屋の犬が吠え出し、鳴き出した。

奥の部屋のドアが開くと

犬の大群が襲いかかってくるんじゃないかと一瞬、不安になった。



出てきたのは40歳前後の毛むくじゃらの男性で

商売人というよりは

パパイヤ鈴木みたいだった。



応接間にとおされ

古ぼけた革のソファーに座らされた。

犬の臭いがカーペットから

壁紙、カーテン、壁にかかった「子供の絵」にいたるまで

すべてに染み付いているようだった。

革のソファーで座りなおすたびに

ワンちゃんの臭いがズボンに染み入る気がした。



「パパイヤ」は私たち夫婦が犬が欲しい、

けれど犬に関しては完全な素人であるというのを

すぐさま見抜いた。



パパイヤはいろいろと日本各地で

賞をとっている「ブリーダー」だと言った。

まあ、トップブリーダーのひとりらしい。

壁には賞状みたいなものが飾ってあって

もちろんそれにも愛犬のにおいが染み込んでそうだった。

アホな私は「ブリーダーって何ですか?」と

またアホな質問をして

その講釈が延々と続くのを聞いて

「いかに自分がアホか」納得した。





そのあいだにもどんどんズボンに

ワンちゃんの香りが染み付いていく気がした。



パパイヤは言った、

「やっぱり、ブルでしょ」

「えっ?」とアホな私は聞き返した。

「ブルドッグだよ。」


「ああ、なるほど。

 ブルドッグってあのブルドッグですよね」



確かに「ブルドッグ」を縮めて言うなら

「ブル」でしょうね。

「ドッグ」ならわけわからないですもんね。

そりゃ〜、「ブル」が正しいわ。

「ブル」でOK!

けど、「ブル」って「雄牛」のことでしょ?

まあ、いいっか。



「あのね、お宅ら素人にはわからないだろうが

 極めるとね、ブルにたどりつくんだよ。

 だから、よかったら、はじめからブルにしとけば?」


「いや〜、ブルですか?

 キャバリアとかラブラドールとか・・・」


パパイヤはうっすら笑って言った、

「映画と流行りでねえ、

 素人はすぐ飛びつくけど

 極めればブルだね。

 今、いいのが生まれたんだよ

 この前のチャンピオンの血をひいてるからね」

「はあ〜」

「見てくか?」

と言って立ち上がり

パパイヤは小さいブルちゃんを連れてきた。

「かわいいね」

と言いながら妻を見ると表情が完全に固まっていた。

まあ、じっと見てると

ブルも悪くないような気がしてくるから不思議だ。


相手はプロだし、

それでメシ食べてるし

経験もある人が言うんだから

やっぱりそれらしく見えてくる。

志望校を選ぶときにも

プロがこの学校がいい!ってすすめると

いい気がしてくるし

世間で「あの学校はすごい!」って言われると

そんな気がしてくる。
 


我々はどうもその「ブルちゃん」が

欲しいって思わなかったので帰るタイミングを探していた。

奥様がグラスに麦茶をいれて持ってきてくださった。

私は遠慮なく麦茶をいただいた。

妻はまったく口をつけなかった。

犬の匂いでもするって思ったんだろうか?




立ち上がり帰ることに。

玄関へ行くとまた犬の大群が

思いっきり吠えはじめた。

妻と一緒に

「ありがとうございました」

と礼を言って足早に車に向かった。




自分は「ブル」ばかりすすめていやしないだろうか?

人によっては

ゴールデン・レトリバーや

チャウチャウや

柴がいいって言う意見はしっかりある。



それに子供ならなおさら

外見よりも

捨てられた子犬のほうが

自分を必要としているってことで

どうしても手放さないような気がする。

たとえそれが雑種でも

一晩じっくり名前を考えて

かけがえのないものになるだろう。


そんな子に

「ブルはどう?」ってすすめても

全く無意味だ。
2007.05.28 Monday | comments(0) | trackbacks(0)

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